リカバリーにおける「力」の再定義

― 役に立つかどうかで測らない ―

「力」が評価や資源に変わるとき

日本の支援現場では、
「その人の強みを見ましょう」という言葉がよく使われる。

しかし実際には、

  • 働ける力
  • 続けられる力
  • 我慢できる力
  • 協調できる力

といった、
**支援や制度にとって“使いやすい力”**だけが
「強み」として拾われやすい。

当事者から見ると、

役に立つ力だけが評価され、
それ以外は見えないことにされている

という感覚が残る。


日本の現場で起きやすい「力のすり替え」

日本では、「力」が次のようにすり替えられやすい。

  • できること=力
  • 成果が出ること=力
  • 改善が見えること=力

その結果、

  • 立ち止まる力
  • 拒否する力
  • 疑う力
  • 生き延びるために身につけた癖

は、「問題」や「未熟さ」として扱われてきた。

これは、
力を“価値ある行動”に限定してしまう見方である。


リカバリーの視点で捉え直す「力」

リカバリーにおける力とは、
成果を出す能力のことではない。

それは、

  • 壊れそうになりながらも生き延びてきたこと
  • うまくいかない関係から距離を取ったこと
  • 傷つかないように身を守ってきた反応
  • 何度もやめ、戻り、迷ってきた経験

そのすべてに宿っている。

たとえそれが、

  • 怒り
  • 回避
  • 依存
  • 無関心

として現れていたとしても、
それはかつて必要だった生存の力である。


「問題行動」とされてきたものの中にある力

日本の現場では、
次のような行動が否定されやすい。

  • 人を信用しない
  • 指示に従わない
  • 一人でいたがる
  • 強く反発する

しかしリカバリーの視点では、
それらは多くの場合、

支配されないための力
再び傷つかないための知恵

として身につけられてきたものだ。

力とは、
きれいな形で現れるとは限らない。


力を「伸ばす」という言葉の危うさ

「その力を伸ばしましょう」
という言葉は、
一見前向きに聞こえる。

けれどそこには、

  • もっと役に立つ形に
  • もっと社会に適応する方向へ
  • もっと管理しやすく

という期待が含まれることがある。

リカバリーにおける力は、
伸ばす前に、まず認められる必要がある。


支援者・制度に求められる姿勢

力をリカバリーの基盤として扱うなら、
支援者や制度に求められるのは、

  • 力を評価や成果に結びつけすぎないこと
  • 「問題の裏にある力」を探そうとすること
  • 役に立たない力を切り捨てないこと
  • 当事者自身が自分の力を再定義できる余地を残すこと

力とは、
支援者が見つけて名付けるものではない。


力とリカバリーの関係

リカバリーが進むとは、
新しい力を獲得することではない。

それは、

  • これまで否定されてきた自分の反応を
    「生き延びてきた力」として見直すこと
  • その力を、今の状況に合わせて
    使い直したり、休ませたりできるようになること

である。

力は、
訓練で作られるものではなく、
すでにそこにあるものである。


まとめ(⑨の結論)

リカバリーにおける「力」とは、

役に立つかどうかではなく、
ここまで生き延びてきたという事実そのもの。

である。

力を評価や成果に回収したとき、
リカバリーは
再び人を測る仕組みに戻ってしまう。

だからこそ、
力とは伸ばす対象ではなく、
尊重され、語り直される存在でなければならない。

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