ウェルネス・リカバリー・アクション・プラン(WRAP®)の詳細説明
Wrapを実践する!
Wrapを試行錯誤するリカバリー
このブリーフィング資料は、メアリー・エレン・コープランド博士によって開発されたウェルネス・リカバリー・アクション・プラン(WRAP®)について、その歴史、中核となる概念、構造、価値観、およびその有効性を裏付ける証拠に基づき、詳細な概要を提供します。
1. WRAP®の起源と発展
WRAP®は、メアリー・エレン・コープランド博士が自身の精神的苦痛と母親の経験から着想を得て、長年の経験、公式および非公式の研究、そして広範囲にわたる精神的苦痛を経験した人々から学んだ情報を収集、統合、共有する継続的な実践の結果として進化しました。
1949年: コープランド博士の母親は深刻な精神的苦痛を経験し、当時は「不治の病」と見なされる場所に入院しました。しかし、ホフマン夫人という看護師のサポートと、患者たちが互いに話し合う小グループを始めたことで、母親は回復の道を見出しました。この経験は、サポートと自己決定の価値をコープランド博士に強く印象付けました。
1976年: コープランド博士自身も「躁うつ病」と診断され、リチウム中毒で死にかけた後、薬物以外の方法での回復の必要性を痛感しました。彼女は自らの経験と研究に基づいて、人々が精神的な課題に日々対処する方法を模索し始めました。
1997年: バーモント州北部のワークショップで、重度の精神的課題を抱える人々との共同作業により、WRAP®が誕生しました。参加者は、気分が良くなるために使える「ウェルネスツールボックス」のリスト、毎日の行動を記す「デイリーメンテナンスプラン」、困難な出来事に対処する「トリガー」(現在は「ストレス要因」)、気分が悪くなり始めた際の「注意サイン」、そして「事態がさらに悪化したとき」の行動計画(危機回避)といった構造を考案しました。さらに、「危機計画または事前指示書」の必要性が認識され、これは自身の責任を負えない時に他者に指示を与えるためのものとされました。
2. WRAP®とは何か
WRAP®は、誰もが気分が良くなり、健康を維持し、望む人生を送るための予防とウェルネスのプロセスです。これは、人々が「気分や人生への反応に前向きな変化をもたらしたいと考える人」のためのツールであり、行動計画の集まりです。
WRAP®の主な目的は以下の通りです。
- 望ましくない、または悩ましい感情や行動を減らし、防ぐ。
- 私たちの生活をどのように送るかについて、個人的な選択肢を増やす。
- 生活の質を向上させる。
- 私たちの人生の目標と夢を達成するのを助ける。
WRAP®は、深刻な精神的な課題、依存症、喪失、慢性疾患、心的外傷など、生活の質を妨げるあらゆる状況に対処し、回復するために使用できます。WRAPでは、回復とウェルネスに限界はないと信じています。
3. WRAP®の5つの主要概念
WRAP®は、以下の5つの主要概念に基づいています。これらは、世界中の多くの人々が回復の鍵として認識しているものです。
- 希望(Hope): 人生や健康の困難に直面しても、元気になり、元気にとどまり、人生の夢や目標を達成し続けることができます。過去の困難にもかかわらず、幸せで生産的な人生を送ることが可能です。
- 主体性(Personal Responsibility): 自分自身のウェルネスのために行動し、必要なことを行うのは自分次第です。これは、過去に放棄した人生の責任を取り戻すことを意味する場合もあります。
- 学び(Education): 自身の経験についてできる限り学ぶことで、人生のあらゆる側面について良い意思決定ができるようになります。これは自己発見のプロセスであり、人生の課題に反応するのではなく、対応する力を与えます。
- 権利擁護(Self-Advocacy): 勇気、粘り強さ、決意をもって、自分のニーズを効果的に他者に伝え、必要なものを得るために行動することです。自分のニーズを敬意を払い、明確に、冷静に表現することが重要です。
- サポート(Support): 家族、友人、地域社会、サービス提供者からのサポートは非常に重要です。人々は効果的なサポートがあるときに、より良い状態になります。最も価値のあるサポートは傾聴することです。
4. WRAP®の構成要素(アクションプラン)
WRAP®は複数の具体的な行動計画から構成され、これらは互いに連動して個人のウェルネスをサポートします。
- 元気に役立つ道具箱(Wellness Toolbox): 気分が良い状態を維持し、気分が優れないときに改善するために使用できる、様々なスキルや戦略のリストです。大抵のものは、簡単で、安全で、費用がかかりません。例として、リラクゼーション、運動、ジャーナリング、友人との会話、食事の変更、集中力を要する活動などが挙げられます。
- 日常生活管理プラン(Daily Plan): 日々のウェルネスを維持するための構造化された計画です。これには以下の3つのリストが含まれます。
- いい感じ、または、最高の日の自分(What I Look Like on My Best Day):気分が良いときの自分自身の状態を具体的に記述します。
- 元気でいるために毎日すべきこと(Things I Need to Do Every Day to Stay Well):ウェルネスを維持するために毎日行うべき最低限の行動のリストです。
- いつでもできること(Things I Might Choose to Do):毎日必要ではないが、気分に応じて選択できる追加の活動のリストです。
- 引き金・ストレス要因(Stressors)と行動計画(Action Plan): 不快な感情や行動を引き起こす可能性のある出来事、状況、場所、人などを特定し、それらに効果的に対処するための計画を立てます。以前は「トリガー」と呼ばれていましたが、心的外傷の生存者の感受性を考慮して「ストレス要因」という用語が推奨されています。
- 注意サイン(Early Warning Signs)と行動計画(Action Plan): 状況が悪化し始める兆候を特定し、それらが大きな問題になる前に対応するための行動計画を立てます。これらのサインはしばしば、何かの手がかりであり、急カーブという道路標識のようなものです。
- 事態が悪化している時(When Things Are Breaking Down or Getting Much Worse)のサインと行動計画(Action Plan): 危機に瀕しているが、まだ自己で対応できる段階の兆候を特定し、危機を回避するための即時的で集中的な、構造化された直接的な行動を計画します。
- クライシスプラン(Crisis Plan): 自身で意思決定や自己管理が困難になった場合に、他者にどのようなサポートを望むかを事前に指示する計画です。これには、サポートしてほしい人、してほしくない人、希望する治療や施設、してほしくない行動などが含まれます。
- 危機後計画(Post-Crisis Plan): 危機を乗り越えた後の回復期間中に、自己のウェルネスに戻り、責任を再開するための計画です。この計画は、以前のWRAP®を見直し、変更すべき点を特定するのに役立ちます。
5. WRAP®の価値観と倫理
WRAP®は、以下の主要な価値観と倫理に基づいて運営されています。
- 回復とウェルネスに限界はない: 誰もが元気になり、元気にとどまり、望む人生を送れるという信念です。
- 平等と尊重: 尊厳、思いやり、相互尊重、無条件の高い敬意をもって他者を扱うこと。文化、民族、言語、宗教、人種、性別、年齢、障害、性的指向、準備状況などの多様性を完全に受け入れます。
- 完全な任意性: WRAP®のあらゆる部分は完全に任意であり、利用者がいつ、何を、どのように行うかを決定します。
- 強みに焦点を当てる: 個人の強みに焦点を当て、欠点や「症状」ではなく、経験と能力を重視します。
- 外傷インフォームドケア: 精神的な課題は多くの場合、心的外傷の結果であるという認識に基づき、何が起こったのか?何が必要ですか?と問いかけ、非難や罰を避けます。
- 臨床・診断用語の回避: 個人を定義するようなラベルや臨床・診断用語の使用を避けます。
6. WRAP®の有効性と普及
WRAP®は、その有効性が科学的に研究され、証明されています。2010年には、米国薬物乱用・精神保健サービス局(SAMHSA)の「エビデンスに基づくプログラム・実践国家登録簿」に登録されました。イリノイ大学シカゴ校での研究では、WRAP®参加者は通常のケアと比較して、以下の点で有意な改善を示しました。
- 簡易症状リスト(Brief Symptom Inventory)の全体的症状重症度および陽性症状総計の時間経過における有意な減少
- 希望尺度(Hope Scale)の総得点および目標指向性希望のサブスケールで評価される希望の時間経過における有意な改善
- 世界保健機関生活の質-BREF環境サブスケールで評価される生活の質における時間経過における改善の強化
コープランドセンターは、2005年に設立された非営利団体であり、WRAP®のトレーニングを提供し、モデルの忠実性を維持しています。WRAP®は米国ほぼ全ての州に普及しており、カナダ、日本、香港、オーストラリア、韓国、ニュージーランド、アイルランド、イギリス、スコットランド、オランダなど、国際的にも広がりを見せています。例えば、ペンシルバニア州では、認定ピアスペシャリストの訓練にWRAP®が導入され、州内の全ての地域でピアサポートサービスとWRAP®ファシリテーションが提供されています。
7. 健康管理と投薬管理
WRAP®は、身体的健康と精神的健康が密接に関連していることを認識しています。精神的な問題には、甲状腺の異常、副腎の問題、薬物相互作用、ビタミンやミネラルの欠乏、アレルギー、病気、ホルモン変化など、医学的な原因がある場合があります。そのため、WRAP®は以下を推奨しています。
- 少なくとも年に一度の包括的な健康診断の受診。
- 医師、薬剤師と連携し、服薬管理を適切に行うこと。薬物の短期・長期的な副作用を理解し、自己判断で服用を中止しないよう警告しています。
8. その他のリカバリートピック
WRAP®は、個人のリカバリーを支援するために、以下の追加のトピックにも焦点を当てています。
- 自尊感情(Self-esteem): 自分自身の価値を認識し、自尊感情を高めるための戦略を学びます。否定的な考えを肯定的なものに変える練習も含まれます。
- ピアサポート(Peer Support): 同じような経験を持つ「ピア」との相互支援関係の構築を奨励します。これは、最も効果的な方法の一つであり、他者を信頼し、支え、境界線を尊重することが重要です。
- 仕事に関する事柄(Work-related issues): 仕事を見つける、キャリアを変更する、職場でのストレスに対処するなど、仕事に関連するウェルネスをサポートします。
- トラウマからの回復(Trauma recovery): 心的外傷が精神的困難の根源となることを認識し、その影響に対処し、回復を促進するアプローチを提供します。
- 自殺予防(Suicide prevention): 元気なときに自殺を予防するための計画を立てることを重視します。
- 生活空間、暮らし方、やる気(Lifestyle and living space, motivation): 健康的な生活習慣を確立し、生活空間を整え、意欲を維持するための方法を探求します。
WRAP®は、個人が自身のウェルネスと回復の旅において、自らの力を取り戻し、自己決定を行い、充実した人生を送ることを目指す、包括的でピア主導のプログラムです。
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