権力(パワー)の力学を解明する:インテンショナル・ピアサポートにおける健全な人間関係の構築ガイド

1. イントロダクション:ピアサポートにおける「権力」の不可視性と戦略的重要性の再定義

ピアサポートにおいて「対等さ(ピア)」は至高の理想ですが、現実の人間関係には絶えず権力(パワー)の移動が生じています。組織心理学的な視点から見れば、このパワーが「テーブルの下に隠されている」状態こそが最大の組織的リスクです。権力の力学が不可視化されると、組織内にサイロ(孤立した構造)が生じ、ピアサポートの本質である「相互学習」を通じた組織的進化が阻害されます。不透明な権力構造は、不信感や「支配」の再演を招き、関係性に致命的なダメージを与えるのです。

インテンショナル・ピアサポート(IPS)においてパワーを可視化し、交渉のテーブルに載せることは、単なる倫理的配慮ではなく、関係性を変容させるための戦略的要諦です。パワーの移動を前提とし、それを「関係性の透明性(Relational Transparency)」をもって扱うことで、従来の「助ける側」と「助けられる側」という固定的役割を解体できます。権力闘争(パワーストラグル)を回避し、共創を促すためには、以下のマインドセットが不可欠です。

  • 「パワーの移動」を組織的な常態と見なす: パワーは固定されるものではなく、常に流動的であり交渉可能であるという前提に立つ。
  • 「直す(Fix)」から「共創的学習」への転換: 相手の問題を解決しようとする衝動は、無意識の権力行使であり、組織の柔軟性を奪うものであると自覚する。
  • 「知らない(Not Knowing)」という立場の維持: 専門的知見を盾に相手を評価せず、驚きと好奇心を持って相手の世界観に耳を傾ける。
  • 不快感の戦略的活用: 権力の不均衡に直面する際の不快感から逃げず、それを関係性を深めるための「学習の機会(チャンス)」として再定義する。

これらのマインドセットを基盤として、次に現場で発生する7つの具体的なパワー・ダイナミクスを解読していきましょう。

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2. ピアサポートにおける7つの典型的なパワー・ダイナミクスの分析

対人援助の現場で発生する権力の力学は極めて多様です。これらの力学をアウェアネス(自覚)することには、単なるトラブル回避を超えた戦略的価値があります。力学を察知することは、関係性の質を修正し、組織全体の「学習する文化」を醸成するための羅針盤となります。

詳細分析(力学1〜3)

  • パワーの力学 1:権威の象徴(鍵を持っているのは誰か) 有給スタッフと利用者の間には、報酬、施設の鍵、情報アクセス権といった「権威の象徴」による厳然たる差が存在します。この不均衡を透明化しないまま「対等」を装うことは不誠実であり、相手を過去の抑圧的な支援体験へと引き戻します。解決策は、ファーストコンタクトでの「関係性の共有」です。自らの立場を認め、それが関係にどう影響するかを事前に交渉することで、力学を正常化し、信頼の基盤を築きます。
  • パワーの力学 2:不快感 vs 安全性の誤認 支援者が恐怖や不快感を感じた際、それを「相手の危険性(安全性のアセスメント)」として処理し、管理・コントロールを強める罠があります。これは「自分を安心させるための権力行使」に他なりません。IPSでは「リスクの共有(Shared Risk)」を提唱します。一方的に評価するのではなく、自分の不快感を率直に伝え、双方が安全でいられる方法を「交渉」によって導き出します。
  • パワーの力学 3:ルール支配 vs 相互交渉 恣意的なルール設定や、ルールを盾にした排除は、最も安易な権力行使です。これはつながりを断絶させ、組織を硬直化させます。IPS的なアプローチでは、ルールを「固定された壁」ではなく「交渉の入り口」と見なします。なぜその行動が起きたのかという背景を探求し、お互いのニーズを満たすための合意形成へと転換させます。

詳細分析(力学4〜7)

  • パワーの力学 4:学習性無力感への反応 長期の支援経験で「受動的役割」を強いられた人は学習性無力感に陥っています。これに対し、支援者が「やってあげる(世話をする)」ことは、相手の無力感を強化し、自立を阻害する「医原性の傷(Iatrogenic Injury)」となります。相手の受動性を尊重しつつ、その世界観が形成された文脈を理解し、小さな主体性が芽生えるのを待つ姿勢が求められます。
  • パワーの力学 5:回復の階層化(「私はスタッフ」) 自らを「より回復した存在(プロ)」、相手を「未熟な存在(利用者)」と階層化することは、専門家モデルへの逆戻りです。特にスタッフという役割は、自らの脆弱性から身を守る「盾」として機能しがちです。真の変容を促すには、自分もまた葛藤し成長の途上にある人間であることを認め、自己の感情に責任を持つ(Own it)姿勢をモデル化することが有効です。
  • パワーの力学 6:強制的なエンパワーメント 相手を動機づけ、エンパワーしようとする行為は、一見肯定的ですが、実は自分の期待を押し付ける「コントロール」です。相手が動かないのはモチベーションの欠如ではなく、深い「希望の喪失」かもしれません。無理に動かそうとするのではなく、なぜ今の状態に留まることがその人にとって重要なのかを、「知らない」という立場から探求します。
  • パワーの力学 7:特権とバイアス 学歴、階級、安定した背景といった「特権」は無自覚な権力行使に繋がります。自分の「普通」が相手を疎外していないか、絶えず自己のバイアスを点検する必要があります。相手をアセスメントするのではなく、自分自身の特権が関係性にどのような壁を作っているかを点検する謙虚さが、権力解体の第一歩となります。

比較表:従来の支援的反応(コントロール)とIPS的反応(共創・交渉)

力学の対象従来の支援的反応(コントロール)IPS的反応(共創・交渉)
権威の差役割の差を隠し、専門家として振る舞う権威の影響を認め、その扱いを交渉する
不安・リスク安全性のアセスメントと管理(一方的)不快感の共有とリスクの共有(双方的)
規律・ルールルール違反を指摘し、罰則を課す背景を対話し、共に納得解を創出する
無力な態度相手に代わって決定し、世話をする「医原性の傷」を避け、主体性を待つ
回復の定義自分の回復を「正解」として教える自らの脆弱性を認め、共に学ぶ立場に立つ
変化の促進相手を説得し、動機づけようとする希望の喪失に寄り添い、共に在り続ける
バイアス自分の基準を「普通」と仮定して接する自分の特権を自覚し、違いを驚きとして聴く

これらの力学を理解した上で、いかに具体的なコミュニケーション・スキルへと落とし込み、支配から共創への転換を図るかを探求していきましょう。

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3. 相互責任(Mutual Responsibility)の構築:支配から共創への転換

ピアサポートにおける「相互責任」は、従来の「一方が他方をケアする」支援モデルからの根本的な転換を意味します。これは組織内における「責任共有プロトコル」の確立であり、一方的な依存関係を打破するための戦略的シフトです。

IPSモデルの構造的差異:双方向の関係性ケア

従来の支援モデルは、支援者が一方的にアセスメントを行い、利用者は受動的な消費者となる「一方通行」の構造です。これに対しIPSは、真ん中にある「関係性の質」に対して双方が等しく責任を負う「双方向」のモデルです。

  • 従来のモデル(一方通行): [支援者/専門家] ──(介入・ケア)──> [利用者/消費者]
  • IPSモデル(双方向): [私] <──(関係性のケア)──> [あなた]

具体的実践:権力闘争を回避する「私」の表明

「私に見えること、私が感じること、私が必要とすること」を伝えることは、相手を「問題」として扱うことを防ぎ、関係性の中へと招き入れる技術です。

  • マイクの事例(過度な要求): 金銭や送迎を繰り返し頼んでくるマイクに対し、耐えたりラベルを貼るのではなく、「頼まれごとが増えて、私が恨めしい気持ちになり始めていることに気づいた。この関係を大切にしたいから、今何が起きているのか理解する必要があるんだ」と伝えます。
  • サラの事例(希死念慮): サラが「誰も気にしていない」と言った際、すぐに専門家を呼ぶのではなく、「そう言われると、私たちの関係を否定されたようで私は傷つく」と自分の真実を共有します。

これにより、一方が「救済者」、他方が「無能な被支援者」というパワー・トラップに陥るのを防ぎます。

バウンダリーとリミットの再定義

相互責任を維持するために、境界線の概念を戦略的に使い分ける必要があります。

  1. バウンダリー(Boundaries / 固執的・原理的): 性的関係の禁止、暴力の否定など、ピアサポートの根幹を守るための「壁」です。これらは基本的原則として交渉不可能です。
  2. リミット(Limits / 柔軟的・文脈依存): 「電話対応の時間」や「プライベートの開示範囲」など、状況や個人のコンディションに応じて交渉可能な「境界」です。

IPSでは、これらを固定的な「ルール」として一方的に提示するのではなく、ファーストコンタクトから「お互いにとって何が心地よいか」を対話を通じて交渉し、合意を形成するプロセスそのものを重視します。

相互責任は単なる技術ではありません。それは、人々が過去に負った「支配されるトラウマ」を再演させないための、トラウマインフォームドな視点に裏打ちされているのです。

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4. トラウマインフォームドな視点による権力構造の解体

トラウマ体験は、その人の世界観や権力に対する反応に決定的な影響を及ぼします。過去に支配や暴力を経験した人にとって、支援者がコントロールを握ろうとする行為はトラウマの「再演」となり、回復を阻害する最大の要因となります。

「見る・する・得る(See-Do-Get)」サイクルの応用

スティーブン・コヴィーの変化モデルを応用した「See-Do-Get」サイクルは、トラウマ世界観がいかに自己完結的な権力構造を形成するかを解き明かします。

  • 見る(See): 自分を「無能で、助けが必要な存在」と見なす。
  • する(Do): 自分の代わりに決定を下してくれる「支配的な支援者(救済者)」を探す。
  • 得る(Get): 周囲から「無能」として扱われ、決定権を奪われる。この「得る」結果が、最初の「自分は無能だ」という見方を強力に裏付ける**自己成就的予言(Self-fulfilling prophecy)**となり、トラウマ世界観を強化します。

権力的な支援者は、無意識にこのサイクルの「Get」の部分を補完し、相手の無力感を固定化させてしまうのです。

トラウマの再演回避:応答(Respond)と反応(React)

権力的な対立が起きた際、それが過去のサバイバル戦略の再演である可能性を考慮することが不可欠です。

  • 反応(React): 相手の言動に反射的に怒り、あるいはアセスメントによってコントロールを試みること。これは現状の権力構造を温存し、トラウマの連鎖を強めます。
  • 応答(Respond): 一歩引き、一呼吸置くことで「自由」を確保し、意図を持って関わる戦略的選択です。相手の攻撃的な言動の背後にある「語られていないストーリー(痛みや恐怖)」を聴き取ろうと努めます。

「あなたが私を怖がらせた」と「反応」するのではなく、「あなたが非常に防衛的になっているのを感じる。私には見えない何か、あなたを怖がらせているものを理解するのを助けてほしい」と「応答」すること。この選択が、支配の連鎖を断ち切り、新たな関係性の可能性を拓きます。

個人の変容は、最終的には組織やコミュニティ全体の権力力学を、支配から共創へと変えていく原動力となるのです。

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5. 結論:意識的な意図(インテンショナリティ)によるコミュニティの変革

権力の問題を直視し、それを対話のテーブルに載せることは、健全な組織やコミュニティを構築するための不可欠な礎石です。ピアサポートの本質は、単に「助ける」ことにあるのではなく、権力の不均衡や不快感という「居心地の悪さ」に耐えながら、人間として「共にある(Being with)」という果敢な挑戦にあります。

戦略的アクションプラン:自己評価質問リスト

自らの関係性において権力の力学を点検するために、以下の質問を自分自身に、そして組織に問いかけてください。

  • 意図の点検: 「今、私は誰のニーズを満たそうとしているか?(相手のためか、自分が安心するためか?)」
  • 役割の固定化: 「私は相手を『病気』や『無能』というレンズでアセスメントし、評価していないか?」
  • 透明性の確保: 「私は自分の感情や役割に対する責任を認め、正直に共有しているか?」
  • 文脈への意識: 「目に見える『問題行動』に反応するのではなく、その背後にある『より大きなストーリー』を聴こうとしているか?」
  • 権力の行使: 「対話による交渉をあきらめ、パワー(権威やルール)を行使して物事を片付けようとしていないか?」

ピアサポートは、既存の「支援」という枠組みを打ち破り、互いに学び成長する人間的なつながりを取り戻す旅です。専門的なレッテルを剥がし、一人の人間としての経験というレンズを通して世界を理解し直すとき、私たちは初めて真に「対等」な関係性を築き始めることができます。

世界を変えるための最初の一歩は、自分自身の関係性の中にある権力を語り始めることである。

https://drive.google.com/file/d/1x0dpOV2AybGoz6NsRN0KDns-hVCeiP18/view?usp=sharing

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