WRAP(元気回復行動プラン)とは、自分自身で作成する精神的ウェルネスのための行動計画であり、元気になり元気であり続け、なりたい自分になることを支援するツールである ( 元気回復行動プランWRAP | COMHBO地域精神保健福祉機構)。1997年に米国バーモント州でメンタルヘルスのリカバリーに取り組むワークショップから生まれ、メアリー・エレン・コープランドによって提唱された (〖WRAP(元気回復行動プラン)とは?〗リカバリーに役立つツールについて解説! | パパゲーノ)。精神疾患の当事者たちの知恵や体験に基づいて開発されたこのプランは、メンタルヘルスの回復と自己管理を促進することを目的としており、自分自身の強みと選択を尊重する自助プログラムである (〖WRAP(元気回復行動プラン)とは?〗リカバリーに役立つツールについて解説! | パパゲーノ) ( 元気回復行動プランWRAP | COMHBO地域精神保健福祉機構)。WRAPは任意に参加できるプランであり、トラウマに配慮したアプローチでもある。米国ではその効果が広く研究・検証され、2010年に公的機関SAMHSA(米国物質乱用・メンタルヘルスサービス局)のエビデンスに基づくプログラムに登録されるなど、科学的根拠に裏付けられたリカバリープログラムとして認定されている ( WRAP(元気回復行動プラン)って信頼できるの? – 東京WRAP ー 自分らしいウェルネスを育てよう!)。
主な構成要素とプロセス
WRAPの中心には5つのキーコンセプト(希望、自己責任、学び、権利擁護<セルフアドボカシー>、サポート)があり、これらがリカバリーに不可欠な要素とされている。WRAPを作成する際は、まず「元気に役立つ道具箱(ウェルネス・ツールボックス)」を準備する。これは自分が調子を維持したり回復したりするのに役立つ行動・アイデア・アイテムのリストであり、例えば「音楽を聴く」「友人と会う」「散歩する」など個人にとって効果的なセルフケアの方法を自由に書き出したものを指す 。こうした道具を土台にして、自分自身のWRAPプランを組み立てていく。
WRAPでは心身の状態を6つの段階に分け、それぞれに対応する6つのプランを作成する。以下がその6つのプランである ( 元気回復行動プランWRAP | COMHBO地域精神保健福祉機構) 。
- 日常生活管理プラン(Daily Maintenance Plan):調子を維持するために毎日行うことのリスト。自分が「元気な状態のときの自分」を記述し、安定を保つため日々欠かさず取り組みたい習慣(例:規則正しい食事や睡眠、服薬の継続など)を書き出す 。
- 引き金への対処プラン(Triggers Action Plan):気分や調子を崩すきっかけ(ストレッサーやトリガー)となりやすい出来事を把握し、それらが起きた場合にどう対処するかを決めておくプラン 。例えば「睡眠不足が続いたら昼に短時間仮眠をとる」のように、引き金と対処法を対応づけて準備する。
- 注意サインへの対処プラン(Early Warning Signs Plan):悪化の兆しとなる自分の中の微細な変化を見極め、それに対応する行動を定めるプラン 。本人にしかわからない精神状態のサイン(意欲の低下や些細なことへの過敏さなど)に気づいたとき、早めに使う対処法を決めておく。
- 調子が悪くなっているときのプラン(When Things are Getting Worse Plan):状態が著しく悪化しつつある段階で、危機を防ぐため直ちに行うべき対策をまとめたプラン 。例えば「眠れない夜が続く時は無理に寝ようとせずリラックスできる音楽を聴く」「不安な考えが頭を巡るときは信頼できる人に相談する」といった具体策を挙げ、危機突入の回避を図る。
- クライシスプラン(Crisis Plan):本人だけでは対処困難な精神的危機に陥った場合に備え、予め作成しておく包括的なプラン。このプランには「自分が危機に陥った状態のサイン」「その際にサポートをお願いしたい人(友人・家族・医療者など)と任せたい役割」「主治医や関係機関の連絡先」「受けたいケアと遠慮してほしい対応」「入院先の希望」「他者にしてもらいたいこと・してほしくないこと」などを詳細に記載する 。事前にクライシスプランを共有しておくことで、本人の意思に沿った支援を危機時にも受けられるようにする。
- クライシスを脱したときのプラン(Post-Crisis Plan):危機を乗り越えた直後の段階で、再び調子を崩さず日常に復帰するためのプラン。危機後には焦って通常生活に戻ろうとすると再発のおそれがあるため、休養の取り方や段階的な復帰スケジュール、周囲への伝え方などを予め決めておく。例えば「体調が安定するまでは勤務時間を短縮する」「約束事は体調次第で変更の可能性があることを事前に伝える」といった配慮を盛り込む。
以上のようなプランを作成する手順は、本人のペースで進められる。WRAPは「自分が自分の専門家である」との考えに基づき、医学的専門知識がなくても取り組める自己助長型のプログラムである。プラン作成は個人で行うことも可能だが、各地で開催されているWRAPワークショップに参加して学ぶ方法が推奨されている 。ワークショップでは認定を受けたWRAPファシリテーター(進行役)のもと、参加者同士の安心できる雰囲気の中でキーコンセプトやプランの立て方を学び、自分のWRAPを作り上げていく。通常は複数回のセッションに分けて開催され(1日体験の短期講座なども実施されることがある 、プランの各構成要素について順を追って検討する。作成したWRAPは一度きりで終わりではなく、日々実践し必要に応じて更新・修正していく「生きた文書」と位置付けられる 。WRAPの特徴として、使えば使うほどプランが成長・進化し、より効果的になるとされており ( 元気回復行動プランWRAP | COMHBO地域精神保健福祉機構)、本人が主体的に試行錯誤しながら自分に合ったウェルネスプランを育てていくことが重要である。
活用例や効果
WRAPはメンタルヘルスのリカバリーにおいて重要な役割を果たす自己管理ツールとして、世界中で広く活用されている。参加者からは「自分の調子のパターンを深く理解できるようになった」「不調時にも自分で対処できるという自信がついた」などの声が報告されており 、WRAPによって自己理解や自己信頼感が高まり、日常生活での対処スキルが向上したと感じる人は多い。実際、WRAPワークショップの参加者全員が「WRAPは自分のリカバリーの助けになる」と述べたとの調査結果もあり (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)、ピア(当事者)同士で回復のストーリーを共有しながら十分な時間をかけて学ぶWRAPのプロセスが、自律性の向上やエンパワーメントにつながることが示唆されている (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)。
WRAPの効果についてはエビデンスも蓄積されている。米国で行われた無作為化比較試験(RCT)では、重度の精神疾患をもつ519名を対象にWRAP介入群と待機対照群を比較し、WRAP参加者は対照群に比べて精神症状が有意に減少し、希望の感覚が高まり生活の質(QOL)が向上すると報告された (元気回復行動プランとエビデンス – 公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院)。この研究は、ピア主導によるウェルネス管理介入(WRAPのようなプログラム)が当事者の症状緩和と希望・QOLの向上に寄与するエビデンスを示したものであり、リカバリー志向の支援におけるWRAPの有効性を裏付けている (元気回復行動プランとエビデンス – 公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院)。そのほかの研究でも、WRAP参加後に自己評価で依存的な行動の減少や自己評価・自尊心の改善が見られたとの報告 や、WRAP導入への高い満足度と「もっと早く知りたかった」という当事者の声が挙げられている。日本における予備的研究においても、WRAPがリカバリーを促進する可能性が示唆されており、参加者の「安心感の増加」「自己コントロール感の向上」「人とのつながりの強化」といった効果が指摘されている ([PDF] 元気回復行動プラン(WRAP)研修による大学生の 援助要請 …) 。総じて、WRAPは当事者のエンパワーメント(主体性の回復)と自己管理能力の向上に寄与し、精神的な回復過程を支える有効な手段であると考えられている。
日本での導入状況
日本におけるWRAPの導入は2000年代後半頃から本格化した。米国で生まれたWRAPを紹介・翻訳するために有志による「WRAP研究会」が組織され、「Wellness Recovery Action Plan」の日本語訳として**「元気回復行動プラン」**という名称が提唱された (<4D6963726F736F667420576F7264202D2095F18D908F9182518F4390B3817C82C882A882B52E646F63>)。2005年前後にはコープランド本人によるWRAP関連著作の邦訳(道具箱プロジェクトによる赤い表紙のWRAPガイドブック等)が刊行され始め ( 元気回復行動プランWRAP | COMHBO地域精神保健福祉機構)、2009年頃までに日本初のWRAPワークショップの試行やパイロット研究が行われている (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)。以降、精神保健福祉領域の有志や当事者団体、専門職らによって各地でワークショップが開催されるようになり、WRAPファシリテーター養成研修を修了した人々が中心となって普及活動が進められてきた (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)。近年では全国規模でWRAPクラスが開かれるまでになっており、首都圏だけでなく地方都市でも定期的にワークショップや1日体験会が実施されている。WRAPの情報共有ネットワークとして、各地の開催情報や体験談を発信する「WRAPプロジェクトZ」といったプラットフォームも登場し、日本全国の実践者コミュニティが形成されつつある。
もっとも、WRAPはまだ都市部に偏っている面もあり、日本全国どこでも誰もが受けられる状況には至っていないのが現状である (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)。開催地域が限定されるという課題に対し、精神科訪問看護の場面にWRAPの視点を取り入れる試みや オンラインでのWRAPクラス開催などアクセス向上の工夫も始まっている。WRAP自体は文化や国を問わず活用できる普遍的な自己管理ツールとされるが、日本の文化や制度に合わせた展開も模索されている。例えば、日本人に馴染みやすい事例や表現を用いた教材の作成、家族を含めた支援体制との連携などが検討課題となっている。コープランド氏も公式サイト上で日本の当事者に向けた特別メッセージを寄せており、日本でWRAPに取り組む人々への期待とエールが発信されている (<4D6963726F736F667420576F7264202D2095F18D908F9182518F4390B3817C82C882A882B52E646F63>)。こうしたローカライズの試みを通じて、WRAPは日本のリカバリー文化にも徐々に根づきつつある。
( 元気回復行動プランWRAP | COMHBO地域精神保健福祉機構)
図:WRAPの日本語版ガイドブック(道具箱刊行)。WRAPの理念や6つのプランの作り方が解説されている。
その他の重要なポイント
WRAPのトレーニングと認定制度:WRAPを効果的に広めるため、開発元のコープランドセンターなどが中心となってトレーニングプログラムが整備されている。WRAPワークショップは必ず公認のWRAPファシリテーターが進行を務める決まりであり、ファシリテーターになるには所定の養成研修の修了が必要である 。日本でもWRAPクラス受講後にファシリテーター養成研修(数日間の集中コース)を受け、認定証を得て活動している人が増えている。さらに上級資格としてアドバンスド・ファシリテーター制度もあり、これを取得すると新たなファシリテーターの育成研修を開催できる。こうした段階的な資格制度により、WRAPの理念や進行方法が一定の品質で保たれるようになっている。
他のリカバリープログラムとの違い:WRAPは当事者主体で作られた点が大きな特徴であり、専門職が主導する従来のプログラムとはアプローチが異なる。例えば、専門スタッフが指導する「疾病管理とリカバリー(Illness Management and Recovery, IMR)」などのプログラムがある一方 (元気回復行動プランとエビデンス – 公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院)、WRAPはピア主導であり、本人の経験知に基づいてプランを組み立てる点でユニークである。コープランドは「精神的困難を抱える人も希望を持ち、自分自身の主導権を握って元気になる計画を立てられる」と信じてWRAPを作り上げており (<4D6963726F736F667420576F7264202D2095F18D908F9182518F4390B3817C82C882A882B52E646F63>)、これは「専門家任せ」だった従来の支援観を覆す発想だったといえる (<4D6963726F736F667420576F7264202D2095F18D908F9182518F4390B3817C82C882A882B52E646F63>)。すなわちWRAPでは、支援者は助言やサポート役に徹し、あくまで本人が**「自分のことは自分が一番よく知っている」**という前提で進められる。この自主性尊重の姿勢は、他のリカバリープログラムと比べても際立った特徴であり、ピアサポート運動とも親和性が高い。
今後の展望:WRAPは国際的にも評価が定着しつつあり、精神保健分野におけるスタンダードな自己管理ツールの一つとなっている。今後の展望としては、さらなるエビデンスの蓄積と多様な分野への応用が挙げられる。例えば、うつ病や統合失調症のみならず、発達障害や依存症リハビリテーション、高齢者のメンタルヘルスケアなどでWRAPの手法を応用する試みが考えられる。またデジタル技術との融合にも期待が寄せられており、スマートフォンアプリ上でWRAPを作成・共有できるようにするプロジェクトも議論されている。日本においては、WRAPのファシリテーターをさらに増やし、地域格差を減らすことが課題である (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)。特に入院から地域生活へ移行した人や重い障害でグループ参加が難しい人にもWRAPを届けるため、訪問看護や地域支援にWRAPを組み込む取り組みが期待されている 。WRAPのキーコンセプトである「希望」はリカバリーの原動力であり続けるため、今後も当事者発信のリカバリーストーリーや成功事例の共有が重要となるだろう。WRAPはセルフヘルプのプラットフォームとして進化を続けており、その柔軟性ゆえに各人のニーズや社会の変化に合わせて発展可能な枠組みである。本人主体のリカバリーを支えるWRAPの普及と発展は、メンタルヘルス分野における「支援から協働へ」という潮流を象徴するものとして、今後ますます注目されていくと考えられる。
参考文献
- Copeland, Mary Ellen著・久野恵理訳『元気回復行動プランWRAP 道具箱』(2002年)道具箱プレス. – WRAPの基本概念と6つのプランの解説書 ( 元気回復行動プランWRAP | COMHBO地域精神保健福祉機構) ( 元気回復行動プランWRAP | COMHBO地域精神保健福祉機構)
- Cook JA, Copeland ME, et al. (2012). Results of a Randomized Controlled Trial of Mental Illness Self-management Using Wellness Recovery Action Planning. Schizophrenia Bulletin, 38(4): 881–891. – WRAPのRCT研究(症状改善と希望・QOL向上の効果) (元気回復行動プランとエビデンス – 公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院)
- Fukui S, et al. (2011). Effect of Wellness Recovery Action Plan (WRAP) participation on psychiatric symptoms, sense of hope, and recovery. Psychiatric Rehabilitation Journal, 34(3): 214–222. – WRAPワークショップ参加による症状と希望の変化に関する研究 (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)
- O’Keeffe D, et al. (2016). Wellness Recovery Action Planning for people with intellectual disabilities: study of feasibility and effectiveness. Advances in Mental Health and Intellectual Disabilities, 10(5): 280–292. – WRAPによるアイデンティティ・自尊心の改善に関する研究 (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)
- Wilson, Hutson & Holston (2013). Participant Satisfaction and Outcomes of WRAP in Acute Mental Health Care. Occupational Therapy in Mental Health, 29(4): 382–398. – WRAP参加者の満足度とリカバリー支援効果に関する研究 (WRAP(Wellness Recovery Action Plan)の視点を取り入れた看護計画に基づく精神科訪問看護の効果:予備的研究)
- 厚生労働省障害者保健福祉推進事業報告書 (2009)『精神障害者のリカバリーを促進するプログラムの実践と評価』社会福祉法人巣立ち会 (<4D6963726F736F667420576F7264202D2095F18D908F9182518F4390B3817C82C882A882B52E646F63>) (<4D6963726F736F667420576F7264202D2095F18D908F9182518F4390B3817C82C882A882B52E646F63>). – 日本におけるWRAPパイロット導入と効果検証報告書.