― 適応させるのではなく、ズレを尊重する ―
「文化への配慮」が同調の強制になるとき
リカバリーは、
文化的背景や価値観の影響を受ける。
この考え方は正しい。
しかし日本の現場では、「文化への配慮」という言葉が、
- 空気を読む
- みんなと同じようにする
- 波風を立てない
といった同調の圧力にすり替わりやすい。
その結果、
- 違和感を口にする人
- 集団になじめない人
- 日本的な関係性が苦手な人
が、「回復が進んでいない」と評価されてしまう。
日本の文化が持つ「管理しやすさ」
日本の支援現場には、
次のような文化的特徴がある。
- 暗黙の了解を重んじる
- 説明より察することを求める
- 個人より集団の安定を優先する
- 問題を表に出さないことが評価される
これらは、
支援を円滑に進める一方で、
当事者を管理しやすくする文化でもある。
当事者から見ると、
合わせられる人ほど「回復している」と見なされる
という構図が生まれる。
リカバリーの視点で捉え直す「文化」
リカバリーにおける文化とは、
当事者が既存の文化にうまく適応することではない。
それは、
- 文化に合わない感覚を持っていてもいい
- 集団が苦手でも排除されない
- 空気を読まない選択が許される
ズレを持ったまま人でいられる余白を含む。
文化とは、
守るべき規範ではなく、
問い直され、更新され続けるものである。
日本の現場で起きやすい「文化の固定化」
日本では、
- 「うちのやり方」
- 「前からこうしている」
- 「ここでは普通」
という言葉が、
文化として機能する。
その結果、
- 当事者の違和感は個人の問題にされ
- 異議は「未熟」「攻撃的」と扱われ
- 問い直しは歓迎されない
文化が、
変えられない前提条件になってしまう。
リカバリーに必要な文化的配慮とは何か
リカバリーの視点で必要なのは、
- 文化に合わない声を「問題化」しない
- 違いを修正対象にしない
- その人なりの距離感を尊重する
ことである。
たとえば、
- 集団活動に参加しない選択
- 沈黙を選ぶこと
- 感情を表に出さない/出しすぎること
これらを、
文化不適応ではなく、
その人なりのリカバリーの形として扱う。
支援者・制度に求められる姿勢
文化を理由に
当事者を管理しないために、
支援者や制度に求められるのは、
- 「普通」「当たり前」を疑うこと
- 違和感を病理化しないこと
- 集団の安定より、個人の安全を優先すること
- 文化に合わない選択を、排除しないこと
文化的配慮とは、
文化を守ることではなく、
文化が人を傷つけないように調整することである。
文化とリカバリーの本質的な関係
文化は、
人を支えることもあれば、
人を縛ることもある。
リカバリーとは、
文化にうまく馴染むことではなく、
文化との距離を、自分で選び直せるようになることである。
まとめ(⑥の結論)
リカバリーにおける「文化」とは、
その場のやり方に従えるかどうかではなく、
従えない自分も排除されないこと。
である。
文化が問い直されないとき、
リカバリーは
適応訓練や同調の練習に変わってしまう。
だからこそ、
文化は守るものではなく、
リカバリーの過程で更新され続けるものでなければならない。