東京でウェルネスとリカバリーをお互いに学ぶ

リカバリーにおける「多様な経路」の再定義

― 選べるふりではなく、選べる現実をつくる ―

「多様な経路」が管理の言葉に変わるとき

リカバリーには多様な経路がある。
この言葉自体は、間違っていない。

けれど日本の現場では、
「多様」と言いながら、

ということが、少なくない。

その結果、
多様な経路という言葉が、
「どれを選んでもいい(ただし想定内で)」
という、管理しやすさの別名になってしまう。


リカバリーの視点で捉え直す「多様な経路」

リカバリーにおける多様な経路とは、
選択肢の数が多いことではない。

それは、
今の状態に合わない道を、選ばなくていい自由があること。

これらが
「逸脱」「後退」「意欲の低下」と扱われず、
リカバリーの一つの経路として尊重されることが重要である。


日本の現場で起きやすい「多様性の形骸化」

日本では、多様な経路が次のように変質しやすい。

当事者から見ると、

選んでいるようで、
実は選ばされている

という感覚が残る。

これは多様な経路ではなく、
管理可能な経路の中での選択である。


リカバリーにおける「選ばない自由」

リカバリーの中で、
「選ばない」という選択は、とても大きい。

こうした判断は、
怠慢でも、逃避でもなく、
状態を見極めたリカバリー上の判断である。

多様な経路とは、
前に進む道だけでなく、
止まる道、戻る道、横にずれる道
排除されないことを意味する。


支援者・制度に求められる役割

多様な経路を本当に支えるためには、
支援者や制度側の姿勢が問われる。

それは、

多様な経路とは、
当事者の人生を予測可能にすることではない。

むしろ、
予測できない選択が出てきても、
関係を続ける覚悟を持つことが、
支援者・制度の責任である。


リカバリーの中で経路は変わり続ける

リカバリーの経路は、
一度決めたら固定されるものではない。

揺れながら、行き来しながら、
その都度、形を変えていく。

多様な経路とは、
一貫性を求めないことであり、
変わってもやり直せる余白を残すことである。


まとめ(③の結論)

リカバリーにおける「多様な経路」とは、

管理しやすい選択肢を増やすことではなく、
管理できない選択が出てきても、
人として扱われ続けること。

である。

この視点が抜け落ちたとき、
多様な経路という言葉は、
リカバリーを装った
誘導と管理の道具になってしまう。

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