― 分断して管理しないために ―
「包括的」が、現場で形だけになるとき
リカバリーは包括的である。
心・体・生活・人間関係・社会参加を含む。
この言葉自体は、正しい。
しかし日本の現場では、
「包括的」という言葉が使われながら、
実際には次のような分断が起きている。
- 医療は医療、生活は福祉、就労は就労
- ここまでは担当、ここから先は対象外
- 生活の困りごとは「症状ではない」と切り離される
結果として、
当事者の人生が、支援者の都合で分解される。
管理のための「切り分け」が生む問題
日本の支援現場では、
- 担当を明確にする
- 業務範囲を限定する
- 責任の所在をはっきりさせる
ことが強く求められる。
その結果、
- 生活の不安は「医療外」
- 人間関係の苦しさは「個人の問題」
- 貧困や孤立は「別制度の話」
と扱われやすい。
これは、
支援者を守るための合理性ではあるが、
当事者から見ると、
どこにも全体を見てくれる人がいない
という体験になる。
リカバリーの視点で捉え直す「包括的」
リカバリーにおける包括性とは、
すべてを一人の支援者が抱え込むことではない。
それは、
- 生活の困難
- 感情の揺れ
- 身体の状態
- 人との関係
- 社会との摩擦
が、同じ一人の人生の中で起きている
という前提を、支援が共有していること。
包括的とは、
「全部やる」ことではなく、
分断しない姿勢を持つことである。
日本の現場で起きやすい「包括性のすり替え」
日本では、包括的という言葉が、
- 多機関が関わっている
- 会議が開かれている
- 計画書に項目が並んでいる
ことと混同されやすい。
しかし当事者の実感は、こうだ。
- 話すたびに同じ説明を求められる
- どの支援者にも全体像が伝わっていない
- 困りごとが、次々と別の窓口に送られる
これは包括ではなく、
分業による断片化である。
リカバリーに必要な「包括性」とは何か
リカバリーの視点で必要なのは、
- その人の生活全体が語られてよい場があること
- 「それは範囲外」と切り捨てられないこと
- 問題を一つに還元しないこと
たとえば、
- 服薬の不調と、住まいの不安
- 感情の不安定さと、経済的困窮
- 対人トラブルと、過去の支援での傷つき
これらを、
別々の問題として管理しない。
リカバリーにおける包括性とは、
「つながりをほどかずに扱うこと」である。
支援者・制度に求められる姿勢
包括的なリカバリーを支えるために、
支援者や制度に求められるのは、
- すぐに解決できなくても話を聴くこと
- 他制度に渡す前に、意味を共有すること
- 生活の話を「本筋から外れた話」にしないこと
- 当事者の語りを、管理のために整理しすぎないこと
包括性とは、
効率よりも関係を優先する姿勢である。
包括性と管理の決定的な違い
管理的な支援は、
問題を切り分け、
扱いやすくすることで安心を得る。
一方、リカバリーにおける包括性は、
- 扱いにくさ
- 矛盾
- 揺れ
を抱えたまま、
関係を続けることを選ぶ。
これは支援者にとって、
管理よりもずっと負荷が高い。
だからこそ、
包括性は理念だけになりやすい。
まとめ(④の結論)
リカバリーにおける「包括的」とは、
人生を分解して管理しないこと。
困りごとを切り離さず、
その人全体と関わり続けること。
である。
包括性が失われたとき、
リカバリーは
「分業された支援の集合」になり、
当事者はその間を
一人で行き来することになる。
それは、
リカバリーを支えているようで、
実は最も孤立を深める形でもある。