東京でウェルネスとリカバリーをお互いに学ぶ

リカバリーにおける「包括的(ホリスティック)」の再定義

― 分断して管理しないために ―

「包括的」が、現場で形だけになるとき

リカバリーは包括的である。
心・体・生活・人間関係・社会参加を含む。

この言葉自体は、正しい。

しかし日本の現場では、
「包括的」という言葉が使われながら、
実際には次のような分断が起きている。

結果として、
当事者の人生が、支援者の都合で分解される。


管理のための「切り分け」が生む問題

日本の支援現場では、

ことが強く求められる。

その結果、

と扱われやすい。

これは、
支援者を守るための合理性ではあるが、
当事者から見ると、

どこにも全体を見てくれる人がいない

という体験になる。


リカバリーの視点で捉え直す「包括的」

リカバリーにおける包括性とは、
すべてを一人の支援者が抱え込むことではない。

それは、

が、同じ一人の人生の中で起きている
という前提を、支援が共有していること。

包括的とは、
「全部やる」ことではなく、
分断しない姿勢を持つことである。


日本の現場で起きやすい「包括性のすり替え」

日本では、包括的という言葉が、

ことと混同されやすい。

しかし当事者の実感は、こうだ。

これは包括ではなく、
分業による断片化である。


リカバリーに必要な「包括性」とは何か

リカバリーの視点で必要なのは、

たとえば、

これらを、
別々の問題として管理しない

リカバリーにおける包括性とは、
「つながりをほどかずに扱うこと」である。


支援者・制度に求められる姿勢

包括的なリカバリーを支えるために、
支援者や制度に求められるのは、

包括性とは、
効率よりも関係を優先する姿勢である。


包括性と管理の決定的な違い

管理的な支援は、
問題を切り分け、
扱いやすくすることで安心を得る。

一方、リカバリーにおける包括性は、

を抱えたまま、
関係を続けることを選ぶ。

これは支援者にとって、
管理よりもずっと負荷が高い。

だからこそ、
包括性は理念だけになりやすい。


まとめ(④の結論)

リカバリーにおける「包括的」とは、

人生を分解して管理しないこと。
困りごとを切り離さず、
その人全体と関わり続けること。

である。

包括性が失われたとき、
リカバリーは
「分業された支援の集合」になり、
当事者はその間を
一人で行き来することになる。

それは、
リカバリーを支えているようで、
実は最も孤立を深める形でもある。

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