リカバリーとは、
心の不調、依存、トラウマ、生きづらさを抱えた人が、
自分の人生を取り戻していく長い過程である。
それは、
症状が消えることや、
以前の状態に戻ることを意味しない。
リカバリーとは、
主導できなかった時間や、
選べなかった経験や、
失敗や停滞を含めたまま、
自分の生を生き直していく歩みである。
リカバリーの出発点
リカバリーは、
希望や意欲を持てるところから始まるとは限らない。
迷い、混乱し、
何も決められず、
誰かに委ねざるを得ない時期も、
リカバリーの一部である。
「何もできない」「わからない」「今は無理」
そう言える状態が守られていること自体が、
すでにリカバリーの始まりである。
本人主導について(日本向けの考え方)
リカバリーにおける「本人主導」とは、
最初から自分の人生を管理し、
正しい選択をし続けることではない。
それは、
安全な関係の中で、
少しずつ自分の舵を取り戻していく過程を指す。
今日は決められないと言えること、
支援を断ぶ選択をすること、
一度距離を取ること、
助けを求めたり、預けたりすることも、
すべてリカバリーに含まれる。
本人主導とは、
揺れ動きながらも、自分の感覚を手放さずにいることである。
多様な道と、日本の現実
リカバリーの道は人それぞれ異なる。
ただし、その前提として、
選択肢が実際に用意されていることが不可欠である。
日本の社会や制度において、
住まい、収入、医療、支援が分断されている現実の中では、
「選べない状態」そのものが問題である。
リカバリーは、
個人の努力だけで進むものではなく、
選べる環境を社会が整えていく責任を含んでいる。
トラウマについて
リカバリーは、
家庭や過去の出来事だけでなく、
医療、福祉、支援の中で受けた傷も含めて扱う。
強制、管理、無視、上下関係による傷つきは、
多くの当事者にとって、
今も続くトラウマである。
リカバリーとは、
「傷つけられた関係」をなかったことにするのではなく、
傷つきが語られ、否定されない関係を作り直すことである。
ピア(仲間)との関係
リカバリーは、
同じような経験を持つ人との関係の中で深まることが多い。
ただし、ピアは
模範的である必要も、
常に前向きである必要もない。
揺れ、迷い、立ち止まる姿そのものが、
他者のリカバリーを支えることがある。
ピアは支援の道具ではなく、
ともに揺れながら学び合う存在である。
責任という言葉について
リカバリーは、
個人だけの責任として語られるものではない。
生きづらさを生み出してきた社会、
支援のあり方、制度、関係性にも、
責任がある。
個人が責任を持つとは、
「うまくやること」ではなく、
自分の状態や限界を尊重することである。
リカバリーのゴールについて
リカバリーに、
決まったゴールや完成形はない。
安定した日々を送ることも、
揺れながら生きることも、
どちらもリカバリーの姿である。
リカバリーとは、
「よくなること」ではなく、
自分の人生を自分の言葉で語り直せるようになることである。
結びに
リカバリーとは、
急がされないこと、
比べられないこと、
失敗しても関係が切れないこと。
そして、
希望を持てない時期の自分も含めて、
人として扱われ続けることである。